連載:自作で迫る! 真空管風歪み研究室
はじめに
TS系(Tube Screamer)オーバードライブは、低音域のゲインを抑えてミッドレンジを相対的に持ち上げる設計と、フィードバック内ダイオードによるソフトクリッピングを組み合わせた回路です。アンプのキャラクターを活かしながら歪みを加える使い方に向いており、世界中で長年使われ続けています。
この記事では一般に公開されているTS系回路の定数をもとに、LTspiceで基本形から部品を一つずつ追加しながら各段の役割を読み解いていきます。
この記事でわかること
- 非反転増幅回路の基本的な動作
- フィードバック側CRフィルターによる低音ゲイン制限の仕組み
- フィードバック内ダイオードがソフトクリッピングを生む理由
- トーン段が「ただのハイカット」ではない理由
入力段:非反転増幅回路を段階的に理解する
基本形の非反転増幅回路
まず最もシンプルな形から始めます。

TS系のゲイン段はオペアンプの非反転増幅回路です。信号を+入力(非反転入力)に入れる構成で、ゲインは以下の式で決まります。
ゲイン = 1 + (Rf / Rin_fb)Rfはフィードバック抵抗(Rf + VR)、Rin_fbは−入力からVbiasへの抵抗(4.7kΩ)です。ポット(VR:可変抵抗)を最大(500kΩ)にしたときのゲインは約107倍、最小(0Ω)では約12倍になります。
オペアンプはオリジナルのJRC4558Dが有名ですが、この連載ではとりあえず手持ちにあったTL072で代用します。動作原理の理解という目的では問題ありません。
反転増幅回路と比べると入力インピーダンスが高くなるため、ギターのピックアップのような高インピーダンス信号源に適しています。
AC解析を実行して、ゲインが 1 + (51k / 4.7k) ≈ 11.8倍(約21.5dB) になっていることを確認してください。周波数によらずフラットなゲイン特性が出ていればOKです。(高周波ではごくわずかにゲインが落ちますが、オペアンプの特性によるものだと思います)

ここで、Vbiasは、9V電池の電圧を半分に分圧した中点電位をオペアンプのボルテージフォロアを介して取り出したものです。

入力カップリング(Cin・Rin)を追加する
+入力への信号経路にCin(1µF)とRin(10kΩ)を追加します。

カットオフ周波数は:
fc = 1 / (2π × 10,000 × 0.000001) ≈ 16Hz約16Hz以下の直流成分をカットするだけで、可聴域の音声信号はほぼそのまま通過します。CinとRinの役割はDCカットと入力バイアスの供給です。ここで低音の音楽信号がカットされるわけではありません。
以下は、Step1の非反転増幅の入力にフィルタを追加した周波数特性です。CRで作るフィルタですので、急激には変化はせずゆっくり変化しますが、16Hzを境にゲインがフラットになることがわかります。

フィードバック側にCin_fb1を追加する ― 低音ゲイン制限の本体
ここがTS系の設計で最も重要なポイントです。
Rin_fb(4.7kΩ)と直列にCin_fb(0.047µF)を追加して、−入力とVbiasの間に入れます。

Cin_fbとRin_fbのカットオフ周波数は:
fc = 1 / (2π × 4,700 × 0.047×10⁻⁶) ≈ 720HzCin_fbのインピーダンスは低周波ほど高くなります(Xc = 1/2πfC)。720Hz以下の帯域ではCin_fbのインピーダンスが大きくなり、−入力とVbiasの間が切り離されていくような動作になってゲインが下がります。720Hz以上ではCin_fbのインピーダンスが十分低くなり、Rin_fbだけで動作する通常の非反転増幅になります。
つまり低音ゲインの制限は入力側ではなく、フィードバック側で行われています。
これによってギターの低音弦をそのままの量で歪ませることなく、ミッドレンジを中心に増幅・歪みさせることができます。低音がボコボコしない、ミッドが立つというTS系サウンドはここから生まれています。画像は、Cin_fbを追加した場合の周波数特性です。720Hz以下の周波数が減衰しているのがわかります。

フィードバック側にCfを追加する ― 超高域の安定化
RfにCf(51pF)を並列に追加します。(以下はVR = 0Ωの時)

カットオフ周波数を求めると、
fc = 1 / (2π × 51,000 × 51×10⁻¹²) ≈ 61kHz61kHzは可聴域よりはるか上なので音色への影響はほぼありません。強いて言うと、高域での発振を防ぐ位相補償となります。(高域に無駄なゲインを残さない)
では、VR = 500kΩの場合を考えてみましょう。カットオフ周波数は、約5.7kHzになります。
fc = 1 / (2π × 551,000 × 51×10⁻¹²) ≈ 5.6kHzつまり、5.6kHzより高い周波数の入力に対しては、ゲインが徐々に減衰していきます。これは可聴域内なので、ドライブを上げるほど高域が丸くなるという効果があります。
つまりドライブを上げると歪みが増えるだけでなく、高域も自然にカットされて音が太く丸くなるという副作用があります。これがTS系を深く歪ませたときに「耳に痛くならない」理由のひとつです。
入力段のポイント整理
部品 場所 役割 fc Cin(1µF)+ Rin(10kΩ) +入力側 DCカット・入力バイアス 約16Hz Cin_fb(0.047µF)+ Rin_fb(4.7kΩ) フィードバック側 低音ゲイン制限 約720Hz Cf(51pF) フィードバック側 高域ロールオフ・発振防止 5.6kHz〜61kHz(ポット依存)
歪段:フィードバック内ダイオードがソフトクリッピングを生む
ダイオードを追加する
D1とD2をRf・Cfと並列に、オペアンプの−入力と出力の間に逆並列で接続します。

オリジナルでは1N914(または同等品)が使われていますが、LTspiceでは1N4148で代用して問題ありません。
フィードバック内ダイオードのメカニズム
ゲインは入力インピーダンスとフィードバックインピーダンスで決まります。(インピーダンス:周波数によって変わる抵抗と考えればOK)
ゲイン = 1 + (フィードバックインピーダンス / 入力インピーダンス)信号が小さいとき(Vf以下):ダイオードはほぼ導通しません。ゲインは入力とフィードバックのインピーダンスだけで決まり、普通に増幅されます。
信号が大きくなりVfを超えると:ダイオードが導通し始め、フィードバックインピーダンスが下がります。ゲインが自動的に下がります。
重要なのはダイオードがVf付近でなだらかに導通し始める点です。「信号が大きくなるほどじわじわゲインが下がる」という動作になります。これがソフトクリッピングの正体です。
| ハードクリッパー | フィードバック内ダイオード | |
|---|---|---|
| 動作 | 一定電圧でバッサリ切る | 信号が大きいほどゲインが下がる |
| 波形 | 頂点が平ら | 頂点がなだらかに丸まる |
| 倍音 | 奇数次が強く出る | 偶数次も含むなだらかな分布 |
| 音 | 鋭くエッジが立つ | 温かくダイナミクスがある |
トーン回路:2段構造で作る中域の盛り上がり
TS系のトーン段は単純なハイカットではなく、パッシブローパスフィルタ+アクティブトーンコントロールという2段構造になっています。この構造が中域の盛り上がりを生み出しています。
3-1.パッシブローパスフィルタ
トーン回路の入口に、まずR_LPF(1kΩ)とC_LPF(0.22µF)によるパッシブローパスフィルタが入っています。

カットオフ周波数は:
fc = 1 / (2π × 1,000 × 0.22×10⁻⁶) ≈ 723Hz歪段から出てきた信号の高域成分をここで一度カットします。高い周波数の倍音成分を削ることで、耳に刺さるトゲトゲした成分を取り除くのが目的です。
ただしこの段階では高域が落ちすぎて音が暗くなります。次の段でそれを補います。

アクティブトーンコントロール
パッシブフィルタで落とした高域を、トーンポットで調整しながら持ち上げ直すのがこの段の役割です。
オペアンプを使うのでアクティブと書きますが、オペアンプを使ったアクティブフィルタというよりは、パッシブフィルタ + バッファという解釈になるかと思います。回路はこんな感じです。

回路はトーンポット(20kΩ)とC_AFL(0.22µF)で構成されます。トーンポットの両端にそれぞれ異なるCRネットワークが組み合わさることで、ポットの位置によってピーク周波数が変化するフィルタになります。
トーンポットの位置による変化
- トーン最小(ポットをゼロ側):高域の持ち上げがほとんどない。第1段のローパスがそのまま効いた状態で、500Hz付近にピークが残ります。暗めの音ですがミッドは残っています
- トーン中間:第1段で落とした高域を適度に持ち上げます。ちょうどカマボコ型の周波数特性になります
- トーン最大(ポットを最大側):高域を積極的に持ち上げます。ピーク周波数が1kHz付近にシフトします。明るい音になりますが、高次倍音は第1段でカット済みなので暴れすぎません
重要な特徴:どの位置でもミッドが消えない
2段構造の巧みさはここにあります。第1段で高域をカットしてから第2段で持ち上げるという設計により、トーンをどの位置にしてもミッドレンジ(500Hz〜1kHz付近)は常に存在感を保ちます。トーンを絞っても「こもって使えない音」にならないのはこのためです。
ポットのカーブについて
トーンポットの操作感にも工夫があります。一般的な線形テーパー(Aカーブ)や対数テーパー(Bカーブ)では、ポットの中間付近でほとんど変化がなく、極端な位置でしか効果が出ません。オリジナルのTSでは中間で変化量が大きくなる特殊なカーブのポットを使用して、操作感を改善しています。
LTspiceでシミュレーションするときは、ポットをRtone_a(上側)とRtone_b(下側)に分割して比率を変えながらAC解析します。

2段構造の意味を整理する
| 段 | 部品 | fc | 役割 |
|---|---|---|---|
| 第1段(パッシブLPF) | R_LPF(1kΩ)+ C_LPF(0.22µF) | 約723Hz | 耳障りな高次倍音をカット |
| 第2段(アクティブトーン) | R_tone_a、R_tone_b(20kΩ)+ C_AFL(0.22µF) | 可変 | 高域を持ち上げて中域の盛り上がりを形成 |
一度高域を削ってから持ち上げ直すという二段構えの設計が、どのトーン設定でも「使える音」になるTS系トーン段の本質です。
まとめ:波形・FFT特性とTS系の特徴
全体回路図
ここまでの各段を組み合わせた全体回路です。

波形で見るソフトクリッピング
まずは、トランジェント解析で信号入力の振幅を可変させたときの出力信号を波形を観測します。LTspiceの設定は以下の通りです。

波形の先端がソフトにクリップされているのがわかると思います。

FFT特性で見る倍音の分布
次は、FFTを見てみます。元々対称クリッピングであるため奇数次の倍音が支配的ですが(第4回:対称・非対称クリッピングと倍音の関係を参照)、入力振幅を上げていくと偶数次の倍音が盛り上がってくるのがわかると思います。

設計思想の一貫性
| ブロック | 役割 | 音への影響 |
|---|---|---|
| Cin + Rin | DCカット・入力バイアス | 信号を安定してオペアンプに渡す |
| Cin_fb + Rin_fb | 720Hz以下の低音ゲイン制限 | 低音がボコボコしない・ミッドが立つ |
| Cf + Rf | 高域ロールオフ・発振防止 | ドライブを上げるほど音が丸くなる |
| D1・D2(FB内) | ソフトクリッピング | タッチレスポンス・温かい歪み |
| R_LPF + C_LPF(パッシブLPF) | 723Hzで高域の倍音をカット | トゲトゲした成分を除去 |
| R_tone + C_AFL(アクティブ) | ピーク周波数が動くフィルタ | 中域の盛り上がりを形成・どの設定でも使える |
全ブロックが「低音を絞り、高域を丸め、中域を立て、柔らかく歪ませる」という一貫した方向を向いています。この回路が40年以上にわたって世界中で使われ続けているのは、この設計思想の一貫性によるものだと思います。
この記事では、TS系オーバードライブの中核となる ソフトクリッピング回路・ミッドブースト・オペアンプの動作を LTspice で追いながら、 Tube Screamer が“なぜあの音になるのか”を技術的に整理しました。
回路の視点から音作りを理解すると、 普段何気なく使っているエフェクターの“意図された設計思想”が見えてきます。
ここまでTS系とまとめて説明してきましたが、本家Ibanezの代表機種であるTS9 と TS808 には実は明確なキャラクターの違いがあります。
- TS808:滑らかで粘りのあるミッド、丸いアタック
- TS9:少しエッジが立ち、前に抜けるアタック感
どちらも同じ設計思想の上に成り立ちながら、 わずかなパーツ選定の違いだけで音の性格が変わるのが面白いところです。
長くなりましたが、今回はここまで。



コメント