第2回:倍音と歪みの関係 ― 真空管っぽさの正体(理論編)

電子工作

連載:歪み実験室 ― アナログ回路で真空管サウンドの正体に迫る


はじめに

前回は「歪み = 波形のクリッピング」という話をしました。

ところで、ギタリストがよく言う「真空管アンプは温かい音がする」という感覚、あれって具体的に何が違うんでしょう?同じ歪みでも、トランジスタアンプのそれとは何かが違う。

その答えが今回のテーマ、倍音にあります。

難しい話に聞こえるかもしれませんが、実は音楽をやっている人なら直感的に理解できる概念です。「オクターブ」を知っていれば大丈夫です。


倍音ってなに?

ギターのA弦(440Hz)を弾いたとき、空気の中には440Hzの振動だけが飛んでいるわけではありません。

実際には440Hzを基本として、その整数倍の周波数が同時に鳴っています。

  • 基音:440Hz(A)
  • 第2倍音:880Hz(1オクターブ上のA)
  • 第3倍音:1320Hz(1オクターブ+5度上のE)
  • 第4倍音:1760Hz(2オクターブ上のA)
  • 第5倍音:2200Hz(2オクターブ+長3度上のC#)
  • ……以下続く

この「基音の整数倍の周波数成分」を**倍音(ハーモニクス)**と呼びます。

ポイント 倍音 = 基音の整数倍(2倍、3倍、4倍…)の周波数成分


倍音とオクターブの関係

ここで気づいた人もいると思います。

第2倍音(880Hz)は基音(440Hz)のちょうど2倍ですね。そして音楽的にはちょうど1オクターブ上です。

そうです。オクターブとは周波数が2倍になることです。

  • 基音 × 2 = 第2倍音 = 1オクターブ上
  • 基音 × 4 = 第4倍音 = 2オクターブ上
  • 基音 × 8 = 第8倍音 = 3オクターブ上

偶数次の倍音(2・4・6・8次…)は基音のオクターブ上の音に対応しています。これが後述する「偶数次倍音が音楽的に自然に聞こえる理由」につながります。


なぜ歪むと音が太くなるのか

クリーントーンの波形は、理想的にはなめらかな正弦波に近い形をしています。正弦波は基音だけで構成されていて、倍音をほとんど含みません。

ところが波形がクリッピングされると、その「歪んだ形」を表現するために、基音以外の周波数成分=倍音が大量に生まれます。

倍音が増えると何が起きるか?

  • 音の周波数成分が増える → 音が「厚く」「太く」聞こえる
  • 高次の倍音が増える → 音に「ざらつき」「輪郭」が生まれる
  • 特定の倍音が強調される → 音の「色」「キャラクター」が変わる

これが「歪むと音が太くなる」理由です。単純にボリュームが上がるわけではなく、音の成分そのものが豊かになるのです。


偶数次倍音と奇数次倍音

ここからが本題です。倍音には大きく2種類あります。

偶数次倍音(2・4・6次…)

基音の2倍、4倍、6倍…の周波数成分です。

偶数次倍音は基音のオクターブ上に対応しているため、音楽的に協和します。聴いていて「自然」「まとまりがある」と感じやすい成分です。

真空管アンプはこの偶数次倍音を多く生み出す特性があります。これが「真空管は温かく、豊かな音がする」と言われる理由のひとつです。

奇数次倍音(3・5・7次…)

基音の3倍、5倍、7倍…の周波数成分です。

奇数次倍音は音楽的には「基音から離れた音程」に対応します。第3倍音は1オクターブ+5度上(完全5度なのでまだ協和感はある)ですが、第7倍音(7倍)になると基音と不協和に近くなってきます。

トランジスタ回路やデジタルクリッピングはこの奇数次倍音を多く生み出す傾向があります。これが「デジタルやトランジスタの歪みは硬く、冷たく聞こえる」と言われることがある理由です。


「温かい音」とはなにか

ここまでの話をまとめると、「温かい音」の正体がわかってきます。

温かい音 = 偶数次倍音が豊富で、奇数次倍音が少ない状態

偶数次倍音は基音と音楽的に協和するので、倍音が増えても「音が崩れた」感じがしません。むしろ豊かさ、厚み、艶として耳に届きます。

一方で奇数次倍音が多くなると、基音と不協和な成分が増えて「硬い」「金属的」「冷たい」という印象になります。

真空管アンプが長年愛され続けているのは、この偶数次倍音の豊かさが「気持ちいい歪み」を生み出しているからと言えます。

ポイント 偶数次倍音 → 温かく、豊かな音(真空管的) 奇数次倍音 → 硬く、鋭い音(トランジスタ・デジタル的)


なぜ真空管は偶数次倍音を多く出すのか

真空管(特に三極管)の電流-電圧特性は、非常になめらかな曲線を描きます。信号が大きくなるにつれてじわじわと歪んでいくイメージです。

このなめらかな歪み方が、偶数次倍音を多く生み出す原因です。また真空管は非対称な動作をする(正の半波と負の半波で歪み方が微妙に違う)ため、これも偶数次倍音の生成につながります。

一方トランジスタを使ったハードクリッピング回路は、波形を一定の電圧でバッサリ切るため、奇数次倍音が中心の成分になります。矩形波(正弦波がバッサリ切り取られた形)は理論的にほぼ奇数次倍音だけで構成されています。


この連載でやること

「真空管っぽい音 = 偶数次倍音が豊富な歪み」ということがわかりました。

ならば、アナログ回路でどうやって偶数次倍音を増やすか、がこの連載の核心的なテーマです。

具体的には以下を順番に試していきます。

  • ダイオードの種類と組み合わせによる倍音成分の違い
  • 非対称クリッピングで偶数次倍音を意図的に増やす
  • JFETの特性を利用して真空管に近い非線形特性を再現する

JFET回路では「なだらかで非対称な歪み特性」を自分で設計したいと考えています。


まとめ

  • 倍音 = 基音の整数倍の周波数成分
  • 第2倍音 = 基音の2倍 = 1オクターブ上(偶数次は音楽的に協和)
  • 歪むと倍音が増える = 音が太く、厚くなる
  • 偶数次倍音が多い = 温かく豊かな音(真空管的)
  • 奇数次倍音が多い = 硬く鋭い音(トランジスタ・ファズ的)
  • 真空管が温かく聞こえる理由 = なめらかな歪み特性が偶数次倍音を多く生む

次回予告

第3回はLTspiceを使って、今回の話を実際に波形とスペクトラムで「見て」確認します。クリーントーン、ハードクリップ、ソフトクリップそれぞれの倍音成分がどう違うか、グラフで一目瞭然になります。

LTspiceのインストールと基本的な使い方も解説するので、持っていない方もこの回を機に入れてみてください。無料で使えます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました