第6回(前編):BOSS BD-2の回路をLTspiceで読み解く ― JFETの動作とディスクリート増幅段

電子工作

連載:自作で迫る! 真空管風歪み研究室

BD-2の音の特徴

BD-2(Blues Driver)は1995年にBOSSが発売したオーバードライブペダルです。発売から30年近く経った現在も定番機種として広く使われており、改造レシピが数多く存在することでも知られています。

BD-2の音の特徴を整理すると、ピッキングへの反応が速くダイナミクスの幅が広いこと、ローミッドに存在感があること、トーンノブをフルにすると高域が強くなりすぎる傾向があること、ゲイン最小ではクリーンブースター的な使い方もできることが挙げられます。

これらの特徴がどこから来るのかを、回路から読み解いていきます。

TS系との設計思想の違い

前回(第5回)で分析したTS系との比較から入るとBD-2の設計思想が浮かび上がってきます。

TS系はオペアンプを使い、フィードバック内ダイオードによるソフトクリッピングで「アンプをプッシュする前段」として機能する設計でした。シンプルな構成でアンプとの相性を最優先しています。

BD-2は2SK184というJFETを使ったディスクリート構成で増幅段を組み、信号ライン上の対称クリッパーと組み合わせた設計です。部品点数は増えますが、「回路自体でアンプ的な複雑さを再現する」方向を向いています。

回路ブロックTS系BD-2
増幅回路ICオペアンプ(JRC4558D等)JFETによるディスクリート構成
クリッパーフィードバック内ダイオード・ソフト信号ライン上・対称構成
トーン回路2段パッシブフィルタアンプ風の独立EQ構成
設計思想アンプをプッシュする前段単体でアンプ的な歪みを作る

前編ではJFETの動作原理とディスクリート増幅段の構成を、中編では対称クリッパーと全体特性を解析します。

JFETとは何か

JFETはJunction Field Effect Transistor(接合型電界効果トランジスタ)の略で、ゲート(G)・ソース(S)・ドレイン(D)の3端子を持ちます。ゲート電圧によってドレイン電流を制御するという動作が増幅の基本です。

バイポーラトランジスタ(BJT)との最大の違いはゲートにほぼ電流が流れないことで、入力インピーダンスが非常に高くなります。前段の回路に負荷をかけにくい点でギター信号の処理に向いた素子です。

BD-2回路が使っているのはN型のJFETです。N型の場合、ゲート-ソース間電圧Vgsが0Vのときドレイン電流Idが最大になり、Vgsを負方向に下げていくとIdが減少し、ピンチオフ電圧Vpでほぼゼロになります。

JFETの二乗則特性と真空管との類似

ここがBD-2の回路を理解する上で最も重要な点です。

JFETのId-Vgs特性は以下の式に従います。

Id = Idss × (1 - Vgs/Vp)²

Idssはゲート短絡時の最大ドレイン電流、Vpはピンチオフ電圧です。この特性は直線ではなく放物線(二乗)です。

真空管(三極管)のプレート電流特性も同様に非線形な曲線を描きます。第4回で解説した通り、非線形な動作は偶数次倍音を生み出します。

ICのオペアンプは内部補正によりほぼリニアな動作になっていますが、JFETはこの非線形性がそのまま残ります。

BD-2がわざわざディスクリートで増幅段を組む理由は、この非線形性を意図的に残すためと考えられます。クリッパーを通る前の増幅段の段階で、すでに真空管的な偶数次倍音が少量乗り始めます。

LTspiceで2SK184のモデルを作る

BD-2の実機に使われているのは東芝の2SK184というJFETです。低周波低雑音増幅用として設計された素子で、BD-2が採用しているGRグレードの規格は以下の通りです。

パラメータ
Idss(GRグレード)2.6〜6.5mA
Vgs(off)-0.2〜-1.5V
gm(Yfs・標準値)15mS
入力容量(Ciss)13pF
帰還容量(Crss)3pF

残念ながら2SK184のSPICEモデルは公式には公開されていません。データシートの電気的特性からパラメータを導出した近似モデルを作ります。

SPICEパラメータの導出

BetaはIdssとVpの関係式から求めます。IdssはGRグレードの大体中央の5mAを狙い、Vtoは-0.6Vとして計算します。

Idss = Beta × Vp²
Beta = Idss / Vp²
     = 0.005 / 0.6²
     = 0.005 / 0.36
     ≈ 0.014 A/V²

計算で求めた Betaと、VtoをパラメータとしてSPICEモデルを作成します。

詳細は、LTspiceにSPICEモデルを追加する方法を参照してください。

実際に作成したJFETモデルでDCスイープを実行するとIdss=5.92mAが確認できます。これはデータシートのGRグレード(2.6〜6.5mA)の上限付近に相当し、実際の個体差の範囲内です。

この曲線の形状が二乗則であることを視覚的に押さえておくと、後の倍音分析との対応が理解しやすくなります。

JFETシングル増幅段

差動増幅に進む前に、2SK184モデルを1石使ったシングル増幅段で動作を確認します。

バイアス設計

動作点をIdss/4付近(Vgs≈Vp/2=-0.3V)に設定します。

Id目標 = 5.92mA / 4 ≈ 1.48mA

Rs = |Vgs| / Id = 0.3V / 1.48mA ≈ 202.7Ω → 200Ω

Rd = (Vdd - Vd) / Id = (9 - 4.5) / 1.48mA ≈ 3.04kΩ → 3.0kΩ

LTSpiceのDCオペレーティングポイントでノードOutが4〜5V付近にあることを確認します。

ICオペアンプとの倍音比較

シングル増幅段で同じゲイン設定のTL072と倍音を比較します。

TL072を使った反転増幅段(Rin=4.7kΩ・Rf=47kΩ・ゲイン≈10倍)と、2SK184シングル段を同じ入力レベルでFFT解析します。

TL072はほぼ完全にリニアな動作をするため倍音成分がゼロに近くなります。一方2SK184シングル段には微小な偶数次倍音(2次・4次)が確認できます。これがJFETの二乗則特性による非線形成分です。

量としては非常に小さく、単体では聴感上の差はわからないかもしれません。

JFET差動ペアとディスクリートオペアンプ

さてさて、ここまでの解析で、JFETは二乗則特性による偶数次倍音を増幅段の段階から乗せられることがわかりました。TL072との比較でその差も定量的に確認できました。

では次のステップとして、JFETを差動ペアに組んで本格的な増幅回路を作りたいところです。差動ペアにすることで電源ノイズに強くなり、フィードバックをかけてゲインも安定します。そこまでできれば、ICオペアンプに近い動作をJFETで実現できるはずです。

ところがこれが結構難しいんですよね。。

JFET差動ペア2石だけにフィードバックをかけてクローズドループで動かそうとすると、バイアスがずれたり波形が乱れたりします。原因はJFETのgmの低さにあります。差動ペア単体の開ループゲインはgm×Rdで決まりますが、2SK184のgm≈17mSとRd=3kΩを使っても開ループゲインは51倍(約34dB)程度しかありません。ICオペアンプの10万倍(約100dB)と比べると大幅に低く、フィードバックをかけたときに位相余裕が不足して不安定になります。

そこでBD-2ではBJT(一般的に言うトランジスタのことです)を1石追加しています。BJTのgmはJFETの約2倍以上あるため、3石合わせると開ループゲインが数千倍以上に跳ね上がります。フィードバックをかけても安定動作します。これがJFETで差動ペアを組みながら安定した増幅を実現する工夫だと思います。

難しい話は抜きに、LTspiceで実際に確認してみましょう。

BJTを加えると安定する

BD-2の実機回路はJFET差動ペアの後段にPNP BJT(2SA1049GR)を1石追加しています。これがディスクリートオペアンプのキモになります。

BJTのgmはJFETの10〜100倍程度あります。2SA1049GRのSPICEモデルは一般に公開されていないため、LTspiceでの解析には汎用PNP BJTの2N3906で代用します。特性は完全に同一ではありませんが、「BJTを追加することで開ループゲインが上がり安定動作する」という動作原理の確認には十分です。

実際の信号の流れ

BD-2のディスクリートオペアンプはソースフォロア(バッファ)→ 共通ソース増幅(JFET)→ PNP BJT増幅という縦続接続です。

JFETバッファ段が高インピーダンス入力を受けて低インピーダンスで次段に渡し、JFETの共通ソース増幅段がゲインを稼ぎます。PNP BJTがさらに電流増幅してコレクタ出力をGAINポット経由でフィードバックネットワークに渡します。このフィードバックがJFET差動ペアの−入力側ゲートに戻ることでネガティブフィードバックループが形成されます。

開ループゲインの計算

BJTを追加した3石構成の開ループゲインは:

ゲイン ≈ gm(JFET) × Rd × gm(BJT) × Rc
       ≈ 17mA/V × 3kΩ × 38mA/V × 2.2kΩ
       ≈ 51 × 84
       ≈ 4,284倍(約72dB)

2石のJFETのみの51倍から、3石で約4000倍以上に開ループゲインが上がります。これだけゲインが確保できればフィードバックをかけても安定動作します。

3石構成の簡略接続リスト

以下は動作原理の理解を目的とした簡易モデルです。実際のBD-2の定数とは異なります。
(Vdd = 8V, Vbias =4Vに設定)

ディスクリートオペアンプとICオペアンプの設計思想の違い

3石構成が動作確認できたところで、ICオペアンプとの本質的な違いを整理します。

ICオペアンプ(TL072等)BD-2ディスクリート
オペアンプ
開ループゲイン10万倍以上数千倍程度
フィードバック量深い浅め
出力電圧範囲レール電圧から約1.5V手前で制限レール電圧に近い範囲まで使える
位相補償内部に完備最小限

開ループゲインとフィードバック量の違いは前節で確認した通りです。ここで注目したいのが出力電圧範囲の違いです。

TL072はレールツーレール出力ではありません。Vdd=8V・GND=0Vで動作させた場合、出力電圧の実際の範囲はおよそ1.5V〜6.5V程度に制限されます。Vbias=4Vを中心とした有効な出力振幅は約±2.5Vppしか取れません。

一方JFETとBJTで構成したディスクリートオペアンプはレール電圧により近い出力が得られます。有効な出力振幅がTL072より広く取れます。

BD-2が開発された1990年代中頃、レールツーレール出力のICオペアンプはまだ高価で一般的ではなかったのかもしれません。JFETとBJTでディスクリートオペアンプを組むことでヘッドルームを確保するというのは、当時としては合理的な工学的選択だった可能性もあります。

ICオペアンプとの倍音比較とヘッドルームの意味

前節でシングル増幅段のオープンループ比較では確かに偶数次倍音の差が確認できました。

では、「JFETディスクリートオペアンプは、ICオペアンプに比べ真空管的な偶数次倍音が増える」というのは正しいのか??をLTspiceで検証してみたいと思います。

実際やってみた結果がこちら。

出力波形もFFTも全く同じに見えますね。何となくディスクリートオペアンプの方が、非線形な成分が多いとか、ICオペアンプに対して不完全なイメージがあり倍音が増えるのでは??とイメージしていましたが、結果はあまり変わらず。

一方でLTspiceでは理想的なSPICEモデル・理想電源・温度一定という条件でシミュレーションを行っています。実機では以下の要素が加わります。

JFETには個体差と温度依存性があります。2SK184のIdssはGRグレードで2.6〜6.5mAという広い範囲で規定されており、温度変化によってVpやIdssが変動します。フィードバックループがある程度補正しますが、ICオペアンプの内部補正に比べると追従しきれない部分が残ります。この動作点の微小な揺らぎ自体が非線形な動作として倍音を生み出す可能性があります。

電源インピーダンスの影響も考えられます。実機では電池や非理想的なアダプターから電源を供給します。ディスクリート構成はICより電源変動の影響を受けやすく、ドレイン電流の変動が電源を通じて微小な変調をかける可能性があります。

複数のJFETが近接配置された場合の熱的な相互作用も無視できません。動作中の発熱が互いの特性に影響し、動的な非線形性の一因になり得ます。

これらの要素はLTspiceの理想モデルでは再現できません。

本来であればこれらの要素に対し、あまり影響を受けない回路を設計すべきであり、ディスクリート構成のオペアンプは電子回路的に言って、ある意味で不完全なものであり、好まれないはずのものですが、ギターの音色となるとその不完全性が好まれるという面白さがあります。

さらに入力振幅を上げるとどうなるか確認してみます。先ほどの±0.1Vから±0.25Vで解析してみます。結果は以下のようになります。

ICオペアンプのほうは頂点が欠けていますね。これは、オペアンプのヘッドルームの問題でにより正負電圧の目一杯は出力できないからです。もちろん、最近では当たり前となっている出力レールツーレールのオペアンプを使えば電源電圧上限まで出力できます。しかしながら、BD-2の開発当初はあまり一般的ではなかった(?)可能性もあります。

仮説になりますが、ディスクリート構成による非線形なアンプを意図して使いたかった可能性もありますが、本当に欲しかったのはレールツーレール特性であり、それを実現するためにディスクリートでオペアンプを構成した可能性も考えられます。

まとめ

BD-2の増幅段はJFET差動ペア2石とPNP BJT1石による3石ディスクリートオペアンプです。JFET単体の差動ペアではフィードバックをかけた安定動作が難しく、BJTを加えることで初めて実用的な増幅回路になります。

JFETの二乗則特性は理論上偶数次倍音を生み出しますが、LTspiceによる検証ではクローズドループの小信号領域ではICオペアンプとの差はほぼ確認できませんでした。

シミュレーション上で明確に確認できたのはヘッドルームの差です。レールツーレールでないTL072はVdd=8V動作で先に出力制限に達するのに対し、ディスクリートオペアンプはより広い出力電圧範囲を持ちます。このヘッドルームの確保が後段のダイナミクスの幅広さを支えています。

「JFETだから真空管的な倍音が出る」という話については、実機における個体差・温度依存性・動作点の揺らぎといった不安定要素が倍音生成に寄与している可能性があります。ただしこれはシミュレーションでは確認できない領域の話であり、今後の検証課題として残しておきます。

中編では固定トーンスタックの解析に入ります。


BOSS BD-2

TS 系とはまったく違う、BD-2 特有の“真空管的な立ち上がり”は、回路を理解してから弾くとより鮮明に感じられます。設計思想を知ったうえで実機を試すと、評価がガラッと変わるタイプのペダルです。

標準BD-2は“完成されたクラシック”ですが、BD-2W(技シリーズ)は、BD-2 のJFET差動増幅による“真空管的倍音”をそのまま残しつつ、Custom モードで低域とゲインレンジを拡張したアップグレード版です。

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