第6回(前編):BOSS BD-2の回路をLTspiceで読み解く ― JFETの動作とディスクリート増幅段

電子工作

連載:自作で迫る! 真空管風歪み研究室

BD-2の音の特徴

BD-2(Blues Driver)は1995年にBOSSが発売したオーバードライブペダルです。発売から30年近く経った現在も定番機種として広く使われており、改造レシピが数多く存在することでも知られています。

BD-2の音の特徴を整理すると、ピッキングへの反応が速くダイナミクスの幅が広いこと、ローミッドに存在感があること、トーンノブをフルにすると高域が強くなりすぎる傾向があること、ゲイン最小ではクリーンブースター的な使い方もできることが挙げられます。

これらの特徴がどこから来るのかを、回路から読み解いていきます。

TS系との設計思想の違い

前回(第5回)で分析したTS系との比較から入るとBD-2の設計思想が浮かび上がってきます。

TS系はオペアンプを使い、フィードバック内ダイオードによるソフトクリッピングで「アンプをプッシュする前段」として機能する設計でした。シンプルな構成でアンプとの相性を最優先しています。

BD-2はJ201というJFETを使ったディスクリート構成で増幅段を組み、信号ライン上の非対称クリッパーと組み合わせた設計です。部品点数は増えますが、「回路自体でアンプ的な複雑さを再現する」方向を向いています。

回路ブロックTS系BD-2
増幅回路ICオペアンプ(JRC4558D等)JFETによるディスクリート構成
クリッパーフィードバック内ダイオード・ソフト信号ライン上・非対称構成
トーン回路2段パッシブフィルタアンプ風の独立EQ構成
設計思想アンプをプッシュする前段単体でアンプ的な歪みを作る

前編ではJFETの動作原理とディスクリート増幅段の構成を、後編では非対称クリッパーと全体特性を解析します。

JFETとは何か

JFETはJunction Field Effect Transistor(接合型電界効果トランジスタ)の略で、ゲート(G)・ソース(S)・ドレイン(D)の3端子を持ちます。ゲート電圧によってドレイン電流を制御するという動作が増幅の基本です。

バイポーラトランジスタ(BJT)との最大の違いはゲートにほぼ電流が流れないことで、入力インピーダンスが非常に高くなります。前段の回路に負荷をかけにくい点でギター信号の処理に向いた素子です。

BD-2回路が使っているのはN型のJFETです。N型の場合、ゲート-ソース間電圧Vgsが0Vのときドレイン電流Idが最大になり、Vgsを負方向に下げていくとIdが減少し、ピンチオフ電圧Vpでほぼゼロになります。

JFETの二乗則特性と真空管との類似

ここがBD-2の回路を理解する上で最も重要な点です。

JFETのId-Vgs特性は以下の式に従います。

Id = Idss × (1 - Vgs/Vp)²

Idssはゲート短絡時の最大ドレイン電流、Vpはピンチオフ電圧です。この特性は直線ではなく放物線(二乗)です。

真空管(三極管)のプレート電流特性も同様に非線形な曲線を描きます。第4回で解説した通り、非線形な動作は偶数次倍音を生み出します。

ICのオペアンプは内部補正によりほぼリニアな動作になっていますが、JFETはこの非線形性がそのまま残ります。

BD-2がわざわざディスクリートで増幅段を組む理由は、この非線形性を意図的に残すためと考えられます。クリッパーを通る前の増幅段の段階で、すでに真空管的な偶数次倍音が少量乗り始めます。

LTspiceで2SK184のモデルを作る

BD-2の実機に使われているのは東芝の2SK184というJFETです。低周波低雑音増幅用として設計された素子で、BD-2が採用しているGRグレードの規格は以下の通りです。

パラメータ
Idss(GRグレード)2.6〜6.5mA
Vgs(off)-0.2〜-1.5V
gm(Yfs・標準値)15mS
入力容量(Ciss)13pF
帰還容量(Crss)3pF

残念ながら2SK184のSPICEモデルは公式には公開されていません。データシートの電気的特性からパラメータを導出した近似モデルを作ります。

SPICEパラメータの導出

BetaはIdssとVpの関係式から求めます。IdssはGRグレードの大体中央の5mAを狙い、Vtoは-0.6Vとして計算します。

Idss = Beta × Vp²
Beta = Idss / Vp²
     = 0.005 / 0.6²
     = 0.005 / 0.36
     ≈ 0.014 A/V²

計算で求めた Betaと、VtoをパラメータとしてSPICEモデルを作成します。

詳細は、LTspiceにSPICEモデルを追加する方法を参照してください。

実際に作成したJFETモデルでDCスイープを実行するとIdss=5.92mAが確認できます。これはデータシートのGRグレード(2.6〜6.5mA)の上限付近に相当し、実際の個体差の範囲内です。

この曲線の形状が二乗則であることを視覚的に押さえておくと、後の倍音分析との対応が理解しやすくなります。

JFETシングル増幅段

差動増幅に進む前に、2SK184モデルを1石使ったシングル増幅段で動作を確認します。

バイアス設計

動作点をIdss/4付近(Vgs≈Vp/2=-0.3V)に設定します。

Id目標 = 5.92mA / 4 ≈ 1.48mA

Rs = |Vgs| / Id = 0.3V / 1.48mA ≈ 202.7Ω → 200Ω

Rd = (Vdd - Vd) / Id = (9 - 4.5) / 1.48mA ≈ 3.04kΩ → 3.0kΩ

LTSpiceのDCオペレーティングポイントでノードOutが4〜5V付近にあることを確認します。

ICオペアンプとの倍音比較

シングル増幅段で同じゲイン設定のTL072と倍音を比較します。

TL072を使った反転増幅段(Rin=4.7kΩ・Rf=47kΩ・ゲイン≈10倍)と、2SK184シングル段を同じ入力レベルでFFT解析します。

TL072はほぼ完全にリニアな動作をするため倍音成分がゼロに近くなります。一方2SK184シングル段には微小な偶数次倍音(2次・4次)が確認できます。これがJFETの二乗則特性による非線形成分です。

量としては非常に小さく、単体では聴感上の差はわかりません。しかし後段の非対称クリッパーと組み合わさることで最終的なサウンドキャラクターに影響します。

JFET差動ペアとディスクリートオペアンプ

さてさて、ここまでの解析で、JFETは二乗則特性による偶数次倍音を増幅段の段階から乗せられることがわかりました。TL072との比較でその差も定量的に確認できました。

では次のステップとして、JFETを差動ペアに組んで本格的な増幅回路を作りたいところです。差動ペアにすることで電源ノイズに強くなり、フィードバックをかけてゲインも安定します。そこまでできれば、ICオペアンプに近い動作をJFETで実現できるはずです。

ところがこれが結構難しいんですよね。。

JFET差動ペア2石だけにフィードバックをかけてクローズドループで動かそうとすると、バイアスがずれたり波形が乱れたりします。原因はJFETのgmの低さにあります。差動ペア単体の開ループゲインはgm×Rdで決まりますが、2SK184のgm≈17mSとRd=3kΩを使っても開ループゲインは51倍(約34dB)程度しかありません。ICオペアンプの10万倍(約100dB)と比べると大幅に低く、フィードバックをかけたときに位相余裕が不足して不安定になります。

そこでBD-2ではBJT(バイポーラトランジスタのことです。一般的に言うトランジスタのことです)を1石追加しています。BJTのgmはJFETの約2倍以上あるため、3石合わせると開ループゲインが数千倍以上に跳ね上がります。フィードバックをかけても安定動作します。これがJFETで差動ペアを組みながら安定した増幅を実現する工夫だと思います。

難しい話は抜きに、LTspiceで実際に確認してみましょう。

BJTを加えると安定する

BD-2の実機回路はJFET差動ペアの後段にPNP BJT(2SA1049GR)を1石追加しています。これがディスクリートオペアンプのキモになります。

BJTのgmはJFETの10〜100倍程度あります。2SA1049GRのSPICEモデルは一般に公開されていないため、LTspiceでの解析には汎用PNP BJTの2N3906で代用します。特性は完全に同一ではありませんが、「BJTを追加することで開ループゲインが上がり安定動作する」という動作原理の確認には十分です。

実際の信号の流れ

BD-2のディスクリートオペアンプはソースフォロア(バッファ)→ 共通ソース増幅(JFET)→ PNP BJT増幅という縦続接続です。

JFETバッファ段が高インピーダンス入力を受けて低インピーダンスで次段に渡し、JFETの共通ソース増幅段がゲインを稼ぎます。PNP BJTがさらに電流増幅してコレクタ出力をGAINポット経由でフィードバックネットワークに渡します。このフィードバックがJFET差動ペアの−入力側ゲートに戻ることでネガティブフィードバックループが形成されます。

開ループゲインの計算

BJTを追加した3石構成の開ループゲインは:

ゲイン ≈ gm(JFET) × Rd × gm(BJT) × Rc
       ≈ 17mA/V × 3kΩ × 38mA/V × 2.2kΩ
       ≈ 51 × 84
       ≈ 4,284倍(約72dB)

2石のJFETのみの51倍から、3石で約4000倍以上に開ループゲインが上がります。これだけゲインが確保できればフィードバックをかけても安定動作します。

3石構成の簡略接続リスト

以下は動作原理の理解を目的とした簡易モデルです。実際のBD-2の定数とは異なります。
(Vdd = 8V, Vbias =4Vに設定)

ディスクリートオペアンプとICオペアンプの設計思想の違い

3石構成が動作確認できたところで、ICオペアンプとの本質的な違いを整理します。

ICオペアンプは開ループゲインを10万倍以上確保し、深いネガティブフィードバックをかけることで非線形性を徹底的に排除します。目的は「理想的な増幅」です。

BD-2のディスクリートオペアンプは開ループゲインを数千倍程度に抑えています。フィードバック量が浅い分、回路自体の非線形性がサウンドキャラクターとして出やすくなります。「気持ちよく歪む増幅」が目的です。

項目ICオペアンプディスクリートオペアンプ
開ループゲイン10万倍以上数千倍程度
フィードバック量深い浅め
非線形性徹底排除意図的に残す
位相補償内部に完備最小限
目的理想的な増幅気持ちよく歪む増幅

まとめ

JFETの二乗則特性(Id∝Vgs²)が偶数次倍音を生み出す根拠です。ICオペアンプはこれを内部補正で消していますが、JFETディスクリート段では意図的に残しています。

BD-2のディスクリートオペアンプはJFET差動ペア2石+PNP BJT 1石の3石構成です。JFET差動ペア単体では開ループゲインが不足してフィードバックをかけた安定動作が難しく、BJTを加えることで初めて実用的な増幅回路になります。

ICオペアンプとの本質的な違いは開ループゲインの設計思想です。「非線形性の排除」ではなく「非線形性を残す」方向に設計されていると考えます。

後編では非対称クリッパーの定量的な解析と全体特性を確認します。


BOSS BD-2

TS 系とはまったく違う、BD-2 特有の“真空管的な立ち上がり”は、回路を理解してから弾くとより鮮明に感じられます。設計思想を知ったうえで実機を試すと、評価がガラッと変わるタイプのペダルです。

標準BD-2は“完成されたクラシック”ですが、BD-2W(技シリーズ)は、BD-2 のJFET差動増幅による“真空管的倍音”をそのまま残しつつ、Custom モードで低域とゲインレンジを拡張したアップグレード版です。

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